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ハイスミス『太陽がいっぱい』解説あらすじ

パトリシア=ハイスミス
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はじめに

ハイスミス『太陽がいっぱい』解説あらすじを書いていきます。

語りの構造、背景知識

カフカ、ドストエフスキー流リアリズム

 ハイスミスはカフカ(『変身』)やドストエフスキー(『分身』『罪と罰』)の特に初期作品などからの影響が顕著です。

 ドストエフスキーはもともと初期から中期のゴーゴリ(「」「外套」)の影響を顕著に受けており、初期にはゴーゴリ風の細やかなリアリズムとロマン主義を基調とする内容でした。カフカにしてもハイスミスにしても、テイストとしてはこの頃のドストエフスキーと重なるシャープなスタイルを展開しています。

 カフカにしてもドストエフスキーにしても、幻想文学やゴシック小説といった特異なモチーフやシチュエーションの中でリアリスティックな心理劇を展開したところが特徴ですが、ハイスミスの文学もそれと重なります。

ヘンリー=ジェームズの影響。グランドツアー

 本作はヘンリー=ジェイムズからの影響が顕著で、特に『大使たち』のパロディめいた内容です。『大使たち』では主人公のアメリカ紳士であるスレイザーが「大使」として、放蕩生活を送る跡取り息子を連れ帰るべくパリに到着、世紀末のパリの社交界の中で翻弄されるという内容です。

 アメリカニューヨークの生まれでしたが、たびたび幼少期からヨーロッパにグランドツアーをしていた作家ヘンリー=ジェイムズです。それによってアメリカ人として、文化的な先進地であるフランスやイタリアなどへの憧憬を形成していったのでした。またツルゲーネフを通じてモーパッサンやフローベールなどのフランス文人との交際も起こっていきました。他者としての、異文化であり文化的な先進地である世界(フランス、イタリアなど)への憧憬やまなざしは、ジェイムズのフォロワーの漱石にも通底しています。

 本作ではリプリーが大使としての任務を託されイタリアへのグランドツアーをし、放蕩息子のディッキーを家業相続のために連れ帰ろうとするものの、そこでの人間関係の中で混乱していくという内容です。ディッキーに対して憧れを抱いてアイデンティティに苦しみ、愛憎入り混じった感情から殺してしまいます。

精神分析、同一化

 ハイスミスは複雑な家庭で育ち、アイデンティティに悩みました。そして心理学、精神分析に着目しました。フロイトが考えた同一化(愛する存在との同一化願望)の心理がここにも現れます。

 この辺りは精神分析を踏まえるヒッチコック監督『サイコ』に重なります。ヒッチコック監督『見知らぬ乗客』は、ハイスミス原作です。

原作と映画化

 本作は何度か映画化されており、クレマン監督『太陽がいっぱい』と、ミンゲラ監督『リプリー』が有名です。

 クレマン監督『太陽がいっぱい』では、同性愛的なテイストが希薄で、トムがディッキーを殺すのは、愛憎入り混じった感情からではなく、あくまでも金のためで、また金銭的な豊かさの違いに対する嫉妬からです。また、ラストもトムは逮捕されることが示唆されます。

 ミンゲラ監督『リプリー』はより原作に近く、殺害はトムのディッキーへの同性愛と嫉妬による衝動的なものです。原作同様、ディッキーへの殺害の罪からは逃れるものの、オリジナルキャラクターをその後さらに殺してしまう展開が描かれます。

物語世界

あらすじ

 トム=リプリーは海運王ハーバート=グリーンリーフから、イタリアの「モンジベロ」に行き、グリーンリーフの不義の息子ディッキーをアメリカに帰国させ、家業に専心するべく説得するよう依頼されます。

 イタリアでリプリーはディッキーとディッキーの恋人マージ=シャーウッドに出会い、ディッキーはトム=リプリーをイタリアの自宅に滞在させることにします。やがてディッキーの友人フレディ=マイルズがディッキーの別荘を訪れます。トムはフレディに嫉妬、マージとの距離を縮めていきます

 ディッキーは、寝室でリプリーの服装や仕草を真似ているリプリーを見つけ、動揺します。ここからリプリーはさらにディッキーに執着、ディッキーが与えてくれた裕福な生活に拘ります。リプリーは、彼が自分を切り捨てようとしていることを察知し、ディッキーを殺害し、彼の身分を偽ることを決意します。レンタルした小型ボートで出航、リプリーは彼をオールで殴り殺します。

 リプリーはディッキーになりすまし、ディッキーの信託財産で生活し、ディッキーに捨てられたと確信させるため、慎重にマージに連絡します。リプリーは小切手を偽造し、外見をディッキーに似せます。フレディ=マイルズはローマのディッキーのアパートでリプリーに出会うものの、違和感を覚えます。やがてリプリーは灰皿で彼を殺してします。その後、彼はローマ郊外で死体を処理し、強盗がマイルズを殺したよう見せかけます。

 マージ、ディッキーの父親、アメリカの私立探偵がリプリーと対面し、ディッキーは鬱で自殺したのではないかと示唆します。

 リプリーが持っていたディッキーの指輪を発見したマージは、ディッキーがリプリーに指輪を渡したのなら、自殺するつもりだったのだろうという彼女の言葉に救われます。

 リプリーは、逮捕を覚悟して、ギリシャへ旅行します。グリーンリーフ家は、ディッキーのエルメス・タイプライターでリプリーが偽造した遺言に従い、彼の遺産をリプリーに移します。リプリーは金持ちになりましたが、パラノイアに悩みます。

参考文献

  • Andrew Wilson”Beautiful Shadow: A Life of Patricia Highsmith”(2021/7/27)

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