始めに
始めに
最近姉妹サイトの収益化のために労力を割いていたためこちらの更新が滞っておりました。楽しみに読んでくれている人もまあそんなにいないとは思いますが、数日ぶりに投稿してみます。『メタルギアソリッド3』リメイク発表の記念に、シリーズファンの伊藤計劃『虐殺器官』のレビューを書いていきます。
語りの構造、背景知識
等質物語世界の語り手・クラヴィス
等質物語世界の語り手・クラヴィス=シェパードの語りによって綴られています。クラヴィスは情報軍の命令で、ジョン=ポールというテロの主導者を追跡させられ、次第に虐殺器官と虐殺文法の存在をしり、ジョン=ポールに影響されていきます。
そして最後には自分自身が虐殺文法という、虐殺器官を刺激して人間に破壊活動を行わせる文法を使ってアメリカに虐殺を起こさせます。
黒沢清監督『CURE』
また伊藤計劃は黒沢清監督の作品を愛好していたことで知られ、本作も『CURE』とプロットや主題の面で共通性が見られます。
この作品は「虐殺の文法」を駆使するジョン=ポールとクラヴィスの対決、ジョンからの感化が描かれるのですが、ここは割と『CURE』のプロットそのまんまです。そのため「虐殺の文法」をジョン=ポールから委ねられたクラヴィスが最後に下した決断も、むしろ「虐殺の文法」に支配され自己同一性、自己の自律を失い行動に駆り立てられているか、あるいは妄想の世界を綴っているようにも解釈できます。H=ジェイムズ、デ=ラ=メアに似た、朦朧法による語りを特徴とします。
クラヴィスは虐殺によって、後進国をアメリカの専制から救いたいという建前を掲げていますが、アメリカの混乱が後進国の救済につながるとは作中の展開から考えにくいため、もっと個人的な動機を解釈できます。
クラヴィスのラストに繋がる動機
その他に、クラヴィスのラストの凶行に繋がるモチベーションとして、母の延命装置を外してしまったことへの罪悪感、またヒロインでジョン=ポールの元交際相手のルツィアや他の仲間、殺してきた人々に対する罪悪感などが指摘できます。
例えば軍から殺しの罪を自分ばかりが背負わせられることに耐えきれず、軍や国に対する復讐を図ろうとしたのかもしれません。自分と同じ罪を、自分たちに命令する人間や自分たちに守られているアメリカ国民にも分担させたかったのかもしれません。
ジョン=ポールは、虐殺文法によって、後進世界からの憎悪を互いに向けさせてアメリカへ向けないように図っていましたが、これは実は自分の家族がサラエボで起きたテロで殺されたため、その贖罪のためにアメリカに後進国の憎悪を向けないように、先進国世界から戦争を遠ざけるように図っていたのでした。つまりジョン=ポールもある種のエゴイズムから虐殺文法を使っていました。
ジョン=ポールに感化されたクラヴィスも死者たちからの憎悪が自分だけに向かないように、自分にそうさせてきた国と軍へと責任を分担させようとしたのかもしれません。
この作品は帰還兵の心的外傷を描くドラマであり、そうした点で『タクシー=ドライバー』を連想させます。
戦争の狂気、内なる獣性、自然主義哲学、生成文法論
また内なる獣性のモチーフが見え、それは「虐殺の文法」と呼ばれるものによって刺激されます。
これはチョムスキーの生成文法論によるもので、チョムスキーの言語観は人間の脳神経系という計算機には言語に特化した計算モジュールがあってそれに由来する普遍文法があり、環境から受ける刺激によってこれが活性化して言語を習得するという発想になっています。本作ではそれと同様に、人間には虐殺行為の出力に特化した計算モジュール(=虐殺器官)があり、それを「虐殺の文法」を駆使して刺激することで対象の行動を虐殺にドライブできるという設定になっています。
心的外傷に苛まれるジョン=ポールとクラヴィスはそれぞれの形でこの虐殺文法を行使します。
ポストコロニアル文学
「虐殺の文法」を駆使してアメリカ合衆国が後進地帯で虐殺を発生させて、そこに介入することで支配を定着させるという構造がこの世界ではあると、もう一人の主人公・ジョン=ボールはいいます。
伊藤計劃は押井守の映画作品を好んでいますが、押井守への影響が顕著な作家に村上龍がいて、なるほどこの作品は『コインロッカー=ベイビーズ』とも似通った、クーデターの文学になっています。
物語世界
あらすじ
アメリカ情報軍のクラヴィス=シェパード大尉は、後進国において虐殺を扇動しているとされるジョン・ポールの暗殺を命令され、ウィリアムズら特殊検索群i分遣隊と共にチェコのプラハに潜入します。
プラハに潜入したクラヴィスは、ジョン・ポールと交際関係にあったルツィア・シュクロウプの監視を行い、次第に彼女に好意を抱きます。ある日、クラヴィスはルツィアにクラブに誘われ、そこで政府の情報管理から外れた生活を送るルーシャスたちと出会います。その帰路、クラヴィスはジョン・ポールに協力するルーシャスら「計数されざる者」に拘束されます。拘束されたクラヴィスはジョン・ポールと対面し、人間には虐殺を司る器官が存在し、それを活性化させる“虐殺文法”が存在すると聞かされます。ルツィアを監視していたことを暴露されたクラヴィスはルーシャスに殺されそうになるものの、ウィリアムズら特殊検索群i分遣隊の奇襲に救われます。しかし、ジョン・ポールとルツィアは逃走します。
核戦争で荒廃したインドで虐殺を行っている武装勢力「ヒンドゥー・インディア共和国暫定陸軍」にジョン・ポールが関わっていることを知ったアメリカ情報軍はクラヴィスらに出撃を命令するものの、「虐殺文法」の話をクラヴィスから聞かされたロックウェル大佐は、ジョン・ポールを殺さずアメリカに連行するように命令します。「ヒンドゥー・インディア共和国暫定陸軍」の本拠地に潜入したクラヴィスらはジョン・ポールを拘束するものの、上院院内総務の派遣した部隊に護送列車を襲撃され、リーランドら多くの隊員が殺され、再びジョン・ポールに逃げられます。
アフリカの「ヴィクトリア湖沿岸産業者連盟」政府にジョン・ポールが招待されたという情報を得たアメリカ情報軍は、クラヴィスらにジョン・ポール暗殺指令を出し、クラヴィスはルツィアに会うためヴィクトリア湖沿岸産業者連盟」領内に潜入します。「ヴィクトリア湖沿岸産業者連盟」軍の攻撃で特殊検索群i分遣隊は散り散りになり、クラヴィスは単身ジョン・ポールの邸宅に向かい、彼と再会します。そこでジョン・ポールは、クラヴィスに、アメリカを守るために後進国で“虐殺文法”で内戦を起こし、アメリカに憎悪が向かないようにしていたと伝えます。ジョン・ポールの真意を聞いたルツィアはアメリカの法廷で“虐殺文法”を公開するべきと訴え、ジョン・ポールは投降を決意します。しかし、ウィリアムズがルツィアを射殺し、ジョン・ポールを暗殺しようとします。クラヴィスはウィリアムズを爆殺してジョン・ポールと邸宅を脱出し、合流地点のタンザニア国境に到着するものの、直後にジョン・ポールは射殺されます。
3カ月後、情報軍の行った暗殺作戦がリークされ、クラヴィスや情報軍関係者は公聴会に召喚されます。公聴会の場で、クラヴィスはジョン・ポールに渡された「虐殺文法」を使用し、英語圏の「虐殺器官」を活性化させ、アメリカを中心とした内戦を引き起こすのでした。
総評
粗いが面白い着想もある
まだ若書きというか、そもそも上手くなる前に亡くなってしまった作家なのですが、けれども面白い着想を含んだ文学作品です。ちょっと梶井基次郎のような作家です。
関連作品、関連おすすめ作品
・H=ジェイムズ『ねじの回転』、辻村深月『鍵のない夢を見る』、夢野久作『ドグラ=マグラ』:朦朧とした語りの恐怖
参考文献
伊藤計劃『伊藤計劃記録Ⅰ』『伊藤計劃記録Ⅱ』『Running Pictures-伊藤計劃映画時評集』『Cinematorix-映画計画映画時評2』
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