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ハメット『マルタの鷹』解説あらすじ

ダシール=ハメット
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はじめに

ハメット『マルタの鷹』解説あらすじを書いていきます。

 

語りの構造、背景知識

ヘンリー=ジェームズ流リアリズム

 ハメットが顕著な影響を受けた作家がヘンリー=ジェームズ(『鳩の翼』)でした。

 ヘンリー=ジェームズはツルゲーネフ(『初恋』)やフローベール(『ボヴァリー夫人』『感情教育』)、バルザック(『従姉妹ベット』)など、ロシアやフランスのリアリズムからの影響が顕著な作家です。そこから独特のリアリズムを展開し、ドストエフスキー『罪と罰』『悪霊』のような、公共圏におけるさまざまなアクターの戦略的コミュニケーションの交錯の中で紡がれる実践の顛末を描いていきました。同様にハメットも、作品内のさまざまなアクターの戦略的コミュニケーションが描かれていきます。

 また等質物語世界の語り手も好んだジェームズですが、ハメットにもそれは継承されていき、『血の収穫』もそれが現れています。とはいえ、本作は異質物語世界の語り手です。

プラグマティックな心理劇

 他の作品では例えばドストエフスキー『罪と罰』、冨樫義博『HUNTER×HUNTER』、谷崎潤一郎『』、エドワード=ヤン監督『エドワード=ヤンの恋愛時代』、ヘンリー=ジェームズ『鳩の翼』などに近いですが、物語は偏に特定のテーマや目的に従うべくデザインされている訳ではなく、エージェントがそれぞれの選好、信念のもと合理性を発揮し、これが交錯する中でドラマが展開されていきます。このようなデザインは、現実社会における政治学・社会学(システム論、エスノメソドロジー)や国際関係論におけるリアリズム/リベラリズム/ネオリベラリズム/ネオリアリズムが想定する人間関係や国際関係に対するモデルと共通しますが、現実世界における実践に対する見通しとして経験的根拠の蓄積のある強固なモデルといえます。

 このように本作もさまざまな欲望の交錯する中に巻き込まれたスペードの戦略的コミュニケーションを描く点では『血の収穫』同様です。マルタの鷹の彫刻を巡るキャラクターたちの陰謀の中に巻き込まれ、知略を働かせてうまく立ち回り、悪党どもを一網打尽にするスペードの活躍を描きます。

外的焦点化の心理リアリズム

 本作は異質物語世界の語り手を設定していますが、H=ジェイムズ『鳩の翼』や川端『山の音』などの心理劇とは対照的に、語り手の焦点化がなされる人物に関しても、その内面に関しては内的独白のような形で直接語られることがありません。これはナラトロジーにおいて外的焦点化と呼ばれ、視点人物などの内面を内的独白で描かず、観察可能な外的描写のみによって物語を展開していくデザインです。

 漱石『こころ』や川端『雪国』に似て、集合行為における一部または全部のアクターの心理が焦点化の対象として省かれていたり内的独白が省かれたりしているため、読者はこれに解釈でアプローチするよりありません。

行動主義心理学とその系譜

 このような記述のあり方は行動主義心理学、消去主義的心理学的な、「こころ」を行動やセンスデータなどの観察から得られるリソースに還元する心理学的潮流のアプローチと重なります。

 行動主義は心理学の分野で、行動の観察を心理学の中心と据える分野です。古くはジョン=ワトソンなどに始まり、心の哲学のデネットなどに継承されます。この潮流の全体としての特徴を述べると、「こころ」と捉えられる心的状態は観察可能なデータに還元でき、そうした視座から行動を分析する潮流といえます。必ずしもこころや心的状態と感じるもの、自由意志のようなものがないと考えるのではなく、例えばデネットは、あくまでもそれは客観的に観察可能なデータによって説明可能であって、「こころ」という形而上学的存在や心的状態が(例えば重心とか赤道みたいに)実在として存在するわけではないと捉えます。

なんとなく世間一般の人は、コネクショ二ズム的な、ニューラルネットワークモデルに基づいたシミュレーションなどによって人間の認知や行動をモデル化するアプローチが支配的と思っているかもしれませんが、長期的なトレンドではそうなっていくでしょうが、まだまだそれには研究リソース不足です。なので行動主義的アプローチが今日も有効な枠組みになっています。

 本作はそんな行動主義的な観察モデルによって心理を描写しようとしたという極めて実験的なスタイルの語りが展開されています。

日常的実践のリアリズム

 行動主義や解釈主義、消去主義は、われわれの日常的のなかの実践で利用しているシグナルや、また日常的な実践に立ち返って、心理を解釈しようとする潮流と言えます。

 だから、行動主義的観察モデルを描写のレベルで採用することによって、本作はそれによって我々の日常的な実践の美学的再現になっています。

 普段、我々は日常的実践のなかで相手の心的状態、心的表象を直接認識できることはないので、結局自分の心的経験や生得的にもっている対人関係を計算するモジュールによって推論して、相手の心理を推し量ったり、行動を変容させたりすることができます。

 本作が外的焦点化的描写によって展開しようとしているのは、まさに我々の日常的実践のこのような部分と言えます。

物語世界

あらすじ

 スペード=アンド=アーチャー探偵事務所にミス=ワンダリーと名乗る女性が訪れてます。依頼はサーズビーという人物から妹を救ってほしいとのこと。スペードのパートナーのアーチャーがサーズビーの尾行を引き受けるも、アーチャーは尾行の最中に射殺され、事件直後にサーズビーも殺されます。

 ミス=ワンダリーは次にミス=ルブランと名乗るも、これもまた偽名、本名はブリジッド=オショーネシーです。彼女は妹についての依頼は作り話だったとして、スペードに助けをまた求めますが、詳細を伝えません。

 ブリジッドが追っていたのはマルタの鷹の彫像です。スペードは彫像を追う者たちと接触し、ブリジッド以外にもカイロ、ガットマンとその配下のウィルマーが狙っていることが判明します。やがて彫像を手に入れたスペードは、悪党たちとの交渉に向き合います。彫像はガットマンに売却するも、ガットマンが調べると偽物でした。ウィルマーは逃走、ガットマンとカイロが立ち去るも、スペードは彼ら全員を警察に通報します。残ったブリジッドに対し、スペードは彼女がアーチャーを殺した犯人で、最初からわかっていたと告げます。ブリジッドは懇願するも、彼女も警察に引き渡されます。

参考文献

・ダイアン・ジョンソン (著), Diane Johnson (著), 小鷹 信光 (翻訳)『ダシール・ハメットの生涯』

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