はじめに
ハイスミス『ふくろうの叫び』解説あらすじを書いていきます。
語りの構造、背景知識
カフカ、ドストエフスキー流リアリズム
ハイスミスはカフカ(『変身』)やドストエフスキー(『分身』『罪と罰』)の特に初期作品などからの影響が顕著です。
ドストエフスキーはもともと初期から中期のゴーゴリ(「鼻」「外套」)の影響を顕著に受けており、初期にはゴーゴリ(「鼻」「外套」)風の細やかなリアリズムとロマン主義を基調とする内容でした。カフカにしてもハイスミスにしても、テイストとしてはこの頃のドストエフスキーと重なるシャープなスタイルを展開しています。
カフカにしてもドストエフスキーにしても、幻想文学やゴシック小説といった特異なモチーフやシチュエーションの中でリアリスティックな心理劇を展開したところが特徴ですが、ハイスミスの文学もそれと重なります。
余計者の孤独
本作はハイスミスが好んだロシア文学のように、余計者の孤独を描く作品です。
ゴンチャロフ『オブローモフ』のオブローモフのように、公共圏における責任や感情労働から逃れたく思う、夜に羽ばたくふくろうのような主人公の男の孤独と悲劇が描かれていきます。
プラグマティックな心理劇
他の作品では例えばドストエフスキー『罪と罰』、冨樫義博『HUNTER×HUNTER』、谷崎潤一郎『卍』、エドワード=ヤン監督『エドワード=ヤンの恋愛時代』、ヘンリー=ジェームズ『鳩の翼』などに近いですが、物語は偏に特定のテーマや目的に従うべくデザインされている訳ではなく、エージェントがそれぞれの選好、信念のもと合理性を発揮し、これが交錯する中でドラマが展開されていきます。このようなデザインは、現実社会における政治学・社会学(システム論、エスノメソドロジー)や国際関係論におけるリアリズム/リベラリズム/ネオリベラリズム/ネオリアリズムが想定する人間関係や国際関係に対するモデルと共通しますが、現実世界における実践に対する見通しとして経験的根拠の蓄積のある強固なモデルといえます。
複数のエージェントの戦略的コミュニケーションの交錯のなかで各当事者に最悪の帰結がもたらされる展開は『卍』を思わせます。
物語世界
あらすじ
ヴィシー。ロベールは毎晩、郊外の屋敷に暮らすジュリエットを覗いています。婚約者のパトリックと二人暮らしの彼女の生活は、冷酷な先妻ヴェロニクとの結婚生活に傷つき、パリからこの地に移った彼にとって救いでした。
ある日彼はつい彼女に話しかけます。彼女は彼を家に招き入れ、自分が弟の死以来、死の妄想にとりつかれていること、婚約者との関係に自信が持てないことを明かします。やがて彼女はパトリックよりもロベールに魅かれ、婚約を破棄します。
ある晩パトリックが帰宅途中のロベールを襲撃。パトリックは川に頭を突っ込んで気絶し、ロベールは彼を川から引き出します。翌朝、パトリックの失踪が報道され、ローベルは警察に通報します。しかし警視は彼の証言を疑います。そのころパトリックはヴェロニクの手配でパリにいました。彼にロベールについて教えしかけたのも彼女でした。ヴェロニクの現在の夫マルチェロは妻に嫌気がさし、匿名を条件にロベールにパトリックの居場所を教えます。ロベールは早速警察に通報するがものの信用されず、ジュリエットまでがロベールを犯人だと考え、自殺します。
そしてロベールの自宅が銃撃されます。彼はパトリックの仕業だと確信するものの、警視は彼の遺体が発見されたといいます。ロベールを信じるのはいた友人のジャックと、医師だけです。医師は彼を自宅に泊めますが、その医師宅まで銃撃され、医師が瀕死の重傷を負います。通報したロベールは警察で警視に尋問されるものの、そこへパトリックが逮捕されます。
濡れ衣が晴れたロベールはパリに引っ越します。一方、仮釈放されたパトリックは、ヴェロニクとパリで会います。二人はヴィシーのロベールの家を襲撃。パトリックは包丁を手に暴れ、止めようとしたヴェロニクは首を刺されて死にます。そしてパトリックもこと切れていました。
参考文献
- Andrew Wilson”Beautiful Shadow: A Life of Patricia Highsmith”(2021/7/27)
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