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チャンドラー『長いお別れ』解説あらすじ

レイモンド=チャンドラー
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始めに

始めに

 今年、チャンドラリアン(?)の原りょうが亡くなられました。チャンドラーの代表作、『長いお別れ』について解説レビューを書いていきます。

語りの構造、背景知識

等質物語世界の語り手(フィリップ=マーロウ)を育んだもの

 ハードボイルド小説といえば、等質物語世界の語り手を設定し、その視点から見聞きしたエピソードを書き綴るというスタイルがテンプレートになっています。これを育んだものとはなんでしょうか。

 チャンドラーにその手法の面で顕著な影響を与えたのは、師匠筋のダシール=ハメット(『血の収穫』『マルタの鷹』)、ハメットも私淑したH=ジェイムズ(『鳩の翼』)、ハメットに影響しH=ジェイムズに影響されたジョセフ=コンラッド(『闇の奥』)、そしてヘミングウェイなどです。

 チャンドラーが手本としたハメットのハードボイルド作品は、チャンドラーより湿度低めで、冷徹なリアリズム描写が貫かれています。ハメットが手本としたのはH=ジェイムズの『鳩の翼』などの心理リアリズム小説でした。H=ジェイムズには『闇の奥』に関する記事で言及した『ねじの回転』など、等質物語世界の語り手を複数導入するような、アクロバティックな語りの構造の作品が多いですが、『鳩の翼』はしかし等質物語世界の語り手ではなく、異質物語世界の語り手が複数の焦点化人物(≒視点人物)として設定して物語る構造です。社交界における戦略的コミュニケーションを描く『鳩の翼』は、集合行為における探偵という一個のエージェントの戦略的コミュニケーションを描く『血の収穫』『マルタの鷹』に影響しています。

 コンラッド、H=ジェイムズの等質物語世界の語りについては『闇の奥』についての記事で書いたので省きます。ヘミングウェイも著名なモダニストとして知られ、相棒(?)のフィッツジェラルドもコンラッドへの傾倒が知られますが、しばしば等質物語世界の語り手を設定します。『移動祝祭日』などが、H=ジェイムズ的な、一個のボヘミアン作家の社交界における観察やコミュニケーションを作者の分身たる「私」(等質物語世界の語り手)の語りで記述します。

アフォリズム(風習喜劇)、リアリズム

 チャンドラーを特徴づけ、その後多くの模倣者を産んだスタイルはそのアフォリズムにあります。村上春樹(『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』)においてもルイス=キャロル(『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』)的な言語的遊戯として受け継がれるそのスタイルを産んだのは、T=S=エリオット『荒地』、ブランショ、ジョイスなど、同時代のモダニズムの中の古典主義的潮流の影響、ではなくてパブリックスクールで培った古典教育でした。

 チャンドラーは同時代の古典主義的モダニズムを解さない、別路線に保守的な文学者です。モダニストのような前衛的実験よりむしろ、王政復古時代の風習喜劇のような、クラシックなスタイルにこだわり続けました。近いところで言うと、アーノルド=ベネット、ラディゲ(『ドルジェル伯の舞踏会』肉体の悪魔』)、トーマス=マン、野上弥生子などでしょうか。映画監督だと黒澤明とかタルコフスキー(『惑星ソラリス』)と近いでしょうか。

 そしてそのアフォリズムの多様も演劇的バックグラウンドから来ています。シェイクスピア、マーロウなどエリザベス朝演劇や、ウィッチャリ、ゴングリーブなどの王政復古期の演劇から、プロット、語り口、主題の面で大きな影響を受けています。本作や『さよなら、愛しい人』などに見られるシニカルな喜劇要素は、もっぱら風習喜劇に負うものです。

 また、フローベル、コンラッドなどのリアリズムの影響も強く、例えば本作も『闇の奥』のような、語り手であるマーロウの視点から一人の男の堕落を描き、それへの語り手の幻滅が綴られます。

変人チャンドラー

 正直、チャンドラーって結構くせが強く変な作家だし、変人です。近いところだと夏目漱石みたいな感じの変人です。

 まず形から入るタイプというか演技的傾向というか。漱石も「パチモン禅トルマン」というか、英米ロマン主義・超越主義と禅がフュージョンした、外面だけ良いキザ似非紳士みたいな感じで、器の小ささを感じますが、チャンドラーが似たような奇人のヒッチコックとちょっと関わっただけでギスギスするのはかなり面白いです。

BL作家チャンドラー

 男同士のウェットな絆を描くドラマはコンラッドからの影響も顕著ですが(『見知らぬ乗客』で接点のあるパトリシア=ハイスミスもコンラッドのBL要素に惹かれました。レズビアン小説『キャロル』も有名です)、W.H.オーデンなどの同性愛作家も魅了しました。

オーデンの作品のタイトルにあやかって『見る前に跳べ』をものした大江健三郎も『取り替え子』では伊丹十三とのBL要素があります。

物語世界

あらすじ

1949年の秋。私立探偵フィリップ=マーロウは、テリー=レノックスと出会います。レノックスに惹かれるものを感じて友人となったマーロウは、毎晩バーで過ごすようになります。

 レノックスはある日、マーロウにメキシコのティフアナへ連れて行って欲しいと頼みます。望みを叶えたマーロウですが、ロスに戻ると待っていたのは、妻殺しの容疑でレノックスを捜している警官でした。マーロウは殺人の共犯者として逮捕されるも、レノックスを庇って黙秘。しかし3日目、メキシコからレノックスが自殺した旨の情報が届き、マーロウは釈放されます。

 彼が家に戻ると「僕のことはすべて忘れてくれ」と書かれたレノックスからの手紙が届いていました。

 しばらくしてマーロウは、ある出版社から失踪した人気作家ロジャー=ウェイドの捜索を依頼されます。やがてウェイドはレノックスの隣人であったことを知り、さらに彼の妻アイリーンからも頼まれ、渋々引き受けたマーロウは、アルコール中毒のウェイドを発見し、連れ帰ります。その後、見張り役としてウェイド邸に留まったマーロウは、アイリーンから誘惑され、彼女が第二次世界大戦で10年前に亡くなった恋人を愛していることを知ります。

 やがてウェイドの死体が発見されます。マーロウは自殺とみるものの、アイリーンはマーロウが殺したと非難します。そして、レノックスの件でマーロウを脅迫してくるギャングのメネンデス、レノックスの岳父にあたる謎めいた大富豪ハーランなどが次々とマーロウの前に現れます。

 マーロウはレノックスの妻殺しにアイリーンが関わっていることに気づきます。やがてマーロウは、レノックスの妻とウェイドを、アイリーンが殺害したという結論を出し、さらにアイリーンの亡き恋人こそレノックスだと考えます。追及されたアイリーンは何も言わず去り、後日、罪を認める手紙を残して彼女が自殺したとマーロウは知ります。

 マーロウはなぜか釈然とせず、さらにメネンデスから暴行を受けます。最後にマーロウは、メキシコから来た男の訪問を受けます。レノックスが死んだホテルにいたという男ですが、マーロウはこの男こそが、整形したレノックスであると気づきます。

 レノックスは共に酒を飲もうと誘うものの、マーロウは拒否し、別れの言葉をかけるのでした。

総評

結構癖が強い小説

 常日頃思いますが、結構チャンドラーって変な作家だし、癖が強いけどファンが多くてちょっと不思議です。漱石と似てますが、パチモンジェントルマンというかそんな感じで、キザであんまり好きではないです。やれやれだぜという感じです。

関連作品、関連おすすめ作品

・村上春樹『羊をめぐる冒険』『ねじまき鳥クロニクル』:失踪者を探るドラマ。

参考文献

フランク=マクシェイン著 清水俊二訳『レイモンド・チャンドラーの生涯 』(早川書房.1981)

ダイアン=ジョンソン著 小鷹信光『ダシール・ハメットの生涯』(早川書房.1987)

 

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