始めに
始めに
今回は名作ミステリ小泉喜美子『弁護側の証人』のレビューを書いていきます。叙述トリック(叙述トリックとナラトロジーに関する記事参照)としてはあっさりした内容ですが、それでも端正な演出が光る作品です。
語りの構造
等質物語世界の語り手、焦点化。
この作品は語り手であり焦点化がなされるのは漣子です。彼女を通じて、義父殺しの裁判のプロセスが描かれます。彼女の視点から婚約者・矢島杉彦の振る舞いが描かれます。その言動は愛情表現が下手で不器用ですが、それでも純粋さや愛らしさにも映ります。しかしドラマが進むにつれて、杉彦のそうした振る舞いの真の姿が顕になります。
叙述トリックとしてはあっさり、けれども…
本作品は近年の技巧を凝らした叙述トリックの作品と比べると 質素な作りです。状況(本来は拘置所にいるのは漣子なのに、杉彦に見せかける)について、語り手が読者に誤認させるような語りをするというだけです。
けれどもこの作品が卓越しているのは、恋愛において、一人の異性の愛嬌に感じられたものが醜悪さにしか感じられなくなり、それへの幻滅と軽蔑へと転ずる過程が、語りのレベルにおいて、語り手と読者が共有するという点にあるのだと思います。シャマラン監督『シックス=センス』にも似て、メロドラマ的な膨らませ方がうまいです。
アガサ=クリスティのような、ウェルメイドなコミックオペラ
タイトルはクリスティ『検察側の証人』のパロディですが、本作品もクリスティを思わせる上質なメロドラマになっています。演劇的なバックグラウンドの強いクリスティでしたが、本作品も良質のオペラのような、豊かな読み物になっています。
また、タイトルは一種のミスリードになっています。
フィクション世界
あらすじ
主人公・漣子は、義父殺人事件の裁判のために奔走します。冤罪の証明のため、主人公は必死に努力します。
登場人物
・漣子:義父殺しの裁判のために奔走する
・八島杉彦:漣子の婚約者。
・八島龍之介:杉彦の父。何者かに殺害される
総評
端正な叙述トリックが光るメロドラマ
ミステリーとしてのトリックはややあっさりした内容かもしれませんが、読み物としては上等なお菓子のような佳品です。
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・乾くるみ『イニシエーション=ラブ』:恋愛叙述ミステリ
・アガサ=クリスティ『アクロイド殺し』:叙述トリック作品。
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