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夢野久作『ドグラ=マグラ』ネタバレ解説あらすじ

夢野久作
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始めに

 夢野久作『ドグラ=マグラ』についてレビューを書いていきます。

背景知識、語りの構造

等質物語世界の語り手「私」

 1926年(大正15年)、九州帝国大学医学部精神病科の独房に閉じ込められた、記憶喪失中の青年が語り手です。彼は過去に発生した複数の事件と何らかの関わりがあり、物語が進むにつれて、過去の一連の事件の真犯人や動機、犯行手口などが次第に明かされていく、と言う展開です。

いわゆる信頼できない語り手のデザインで、語り手の「私」はおそらく、過去の事件の犯人である呉一郎であると仄めかされています。

 胎内で胎児が育つ10か月のうちに、数十億年の万有進化の大悪夢の内にあるという壮大な論文「胎児の夢」や、「脳髄は物を考える処に非ず」と主張する「脳髄論」、精神病院の恐ろしさを歌った「キチガイ地獄外道祭文」など、作中作としてのテクストが挿入される非線形の構造です。

 「胎児の夢」はヘッケルの反復説がもとになっているとされます。これはある動物の発生の過程は、その動物の進化の過程を繰り返す形で行われる、という考えです。

ドイツ表現主義(ヴィーネ)

 本作品は精神病院というロケーションやプロットに至るまで、全体的にヴィーネ監督『カリガリ博士』の影響が顕著です。『カリガリ博士』は、精神に異常をきたした医者カリガリ博士と、その下僕で夢遊病患者チェザーレが引き起こした、ドイツ山間部の架空の村での連続殺人についての物語です。物語はフランシスという青年の回想という形式で展開され、催眠術により夢遊病患者チェザーレを利用したカリガリ博士による殺人が語られます。実は全部彼の妄想で、実際はフランシスは精神病院の患者であったと最後に明かされます。

 このように催眠術殺人に至るばかりか、全編が語り手、視点人物の妄想だったというオチに至るまで共通しています。

 伊藤計劃『虐殺器官』、黒沢清監督『CURE』にも同様のテーマが見えます。

凡作たる所以

 正直本作は今となっては話として陳腐すぎますし、大体短編か中編向きのネタだと思っています。

 夢野久作の魅力はなんと言っても口語的語り口の豊かさで、それにおいてはセリーヌ、谷崎潤一郎(『春琴抄』『蘆刈』)、中上健次(『千年の愉楽』)と比べても遜色ないですが、プロットのデザインがそう上手い方でもありません。そのため本作も語り口の魅力が光る一方、ネタとしては薄味で水っぽいです。

 夢野久作では『犬神博士』『氷の涯』などが充実しています。

物語世界

あらすじ

 見知らぬコンクリートの一室に目覚めたわたしは、記憶をなくしています。そこに現れた若林という法医学者の説明によれば、ここは九州帝国大学の医学部精神病科の病棟で、今は大正15年11月20日、ひと月前に自殺した正木博士という精神医学者が、わたしをずっと実験台にしているそうです。

 わたしは、隣室にいるわたしの従妹にして婚約者の美少女と会わされます。その娘を半年前の式の前日にわたしは絞殺したそうですが、何も思い出せません。正木博士の遺志を継いでいるらしい若林教授は、正木博士の部屋で、正木博士の文書をわたしに読ませます。

 1つめは、博士が木魚を叩き唄いながら、現代の精神病者の扱いと文明を批判した「キチガイ地獄外道祭文」。2つめは、精神病者の新しい治療場を構想した「地球表面は狂人の一大解放治療場」。3つめは、脳髄は全身全細胞の情報交換所にすぎないとして、近代の脳髄崇拝を批判した「絶対探偵小説 脳髄は物を考える処に非ず」。4つめは、胎児は体内にいる10か月のあいだに生物進化を反復しその夢を見ていると述べる「胎児の夢」。そして5つめは、「空前絶後の遺言書」で、それによれば、従妹にして許嫁の呉モヨ子を絞殺した若者呉一郎は、その2年前にも実母を絞殺したそうです。解剖を担当した若林医師は、別の少女の遺体をモヨ子に仕立て、本当のモヨ子を助けており、真犯人は、刺激で人間は祖先の記憶が蘇るという正木博士の「心理遺伝」の説と同じ方法で、特定の刺激を一郎に与えることで一郎の中にひそむ祖先の記憶をよみがえらせ、一郎を殺人に走らせたのではないか、だからその刺激を与えた人物を一郎が思い出せば真犯人がつきとめられるのではないか、そのために正木博士に一郎の精神鑑定を頼みにきたとありました。一郎は一度絞殺したモヨ子の姿を写生していたそうですが、呉家には大昔、死んだ美しい愛妻の姿を巻物に写しとろうとしたものの、その前に死体が腐乱しだして狂死した当主がいた伝承がありました。

 わたしがそれらを読み終わると、目の前に死んだはずの正木博士がいます。聞けば今日は10月20日だそうです。窓外の解放治療場を見ると、自分にそっくりな呉一郎と思しき青年の姿があります。

 正木博士によれば、かつて玄宗皇帝に召し抱えられていた呉青秀という名画工が皇帝をいさめるために、美貌の愛妻を同意の上に絞殺してその腐り行く姿を巻物に写し、人と栄華のはかなさを皇帝に訴えようとしたものの、皇帝が死んで無駄になり発狂、亡き妻の妹とそのあいだに生まれた男の子とその絵巻物とを北九州に伝え残したといいます。わたしがその絵巻物を見せられると、そこに描かれた死体の女は先ほどの隣室の美少女にそっくりです。

 わたしは、呉一郎にこの絵巻物を見せた者をつきとめると正木博士に宣言しますが、押し問答の末、博士は自分が犯人だと話します。

 WとMは学生時代からのライバルで、ふたりとも20年前、呉家のこの巻物に関心を寄せていました。そのために一郎の母呉千世子に言いよったのも同じで、やがて千世子に一郎が生まれました。2年前、千世子が殺されたのは、彼女の姉呉八千子が一郎をひきとれば、おそらく八千子の娘呉モヨ子と結婚することが見込まれ、実験のお膳立てができるからでした。

 それを聞いたわたしは正木博士をなじり、博士も部屋をでます。そしてわたしも、先の絵巻物の長い白紙の続く最後に「正木一郎母千世子」との署名のついた歌を発見し、平静を失い、街へ飛び出します。やがてまた教授室に戻ってくると、そこにあったのは、10月20日づけの号外で、正木博士の自殺と、その前日にここで起こった入院患者呉一郎の狂乱発作による惨殺事件が伝えられていました。

 いまだ自分が呉一郎とは思い出せぬわたしが駆けだしたとき、闇の中に見えたのは笑う呉青秀の姿でした。

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・H=ジェイムズ『ねじの回転』、辻村深月『鍵のない夢を見る』:朦朧とした語りの恐怖

参考文献

 

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