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フィリップ=K=ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』解説、ネタバレ

た行の作家
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始めに

始めに

 今日はディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』について解説を書いていきたいと思っています。天才・ディックですが、本作はあまり面白くはないです。

 

背景知識、語りの構造

ドストエフスキー、ジョイス、プルーストの影響を受けたモダニズムバロック喜劇

 ディックは良くも悪くも天才タイプの作品で、モダニズム的手法を取り入れたSF作家にはハーラン=エリスンなどあんまりパッとしない才能も多いなか、圧倒的な筆力を持っていて文豪クラスのポテンシャルを秘めている作家です。

 本人に影響したドストエフスキー(『罪と罰』)、ジョイス(『ユリシーズ』)のモダニズム喜劇にも引けを取らない実力を持っています。また小島信夫、ナボコフ(『ロリータ』)、ピンチョン(『重力の虹』)にも匹敵するか上回っています。

世界観

 作中の世界では自然が壊滅していて、生き物は法によって厳重に保護されています。一方で科学技術が発達し、本物そっくりの機械仕掛けの生物が存在しています。人造人間は感情も記憶も持ち、自分が機械であることを認識できないほどのものすら存在します。

 主人公は、他者への共感に関する感情を測定するテスト「フォークト=カンプフ感情移入度測定法」によって人造人間を判別し、廃棄する賞金稼ぎです。逃亡した人造人間は発見即廃棄される世界観になっています。

 主人公は、次第に、人間とアンドロイドの区別を失っていきます。ペンフィールド情調オルガンにより、自分の感情をダイアルで調整できたり、共感ボックスで新興宗教の教祖と一体化できたり、共感に欠ける人間がいたり、人間と人造人間の定義を揺るがせるサブ的な要素も配置されています。

分身譚。双子の妹の死の影

 ドストエフスキーにはホフマンの影響で書かれた分身譚『分身』がありますが、本作も一種の分身譚となっています。アンドロイドという人間なる種の分身のモチーフは、ディックにとって切実な意味合いを持って描かれています。

 ディックには双子の妹・ジェーンがおり、彼女の幼少期の死が、家族とディック自身のトラウマとしてずっと残り続けたのでした。自分の分身のような双子の妹・ジェーンの死は、自分とは何者かという実存(自己の存在論)的な主題として、その人生と創作において中心的な位置を占め続けました。

 アンドロイドという存在によって人間とは何か、自分とは何者かを問い直される主人公・リック=ディッカードの苦悩は、そのままディック個人の苦悩となっています。アイデンティティを喪失した男の混乱の喜劇は『流れよ我が涙、と警官は言った』にも描かれます。

スペキュレイティブフィクションとしての浅薄さ

 なのでディックにとって重要な意味合いを持つテーマであり作品ですが、けれどもまあ、面白くはないのです。

 なぜかというと、スペキュレイティブフィクションとして、心の哲学的な洞察として、企画の着想や膨らませ方がベタベタすぎて、げんなりします。人工知能から、人間という計算機の存在論的洞察を展開するという発想があまりに陳腐です。本作品の主人公の思弁は少しも面白くないのです。

映画『ブレードランナー』

 本作はリドリー=スコット監督『ブレードランナー』として映画化されていますが、映画の方が好きという人は多いです。映画はリドリー=スコット監督で、メビウス、シド=ミードらによるアートワークが魅力的です。

 そのテクノワールの独特の世界観は、無国籍風で退廃的なムードを湛えていて、多くのフォロワーを産みました。ただしリドリー=スコットの演出はイマイチで、こちらも完成度には疑問があります。それでも私も、原作よりは映画の方を評価します。

 また映画のストーリーでは、レイチェルが主人公のデッカードと恋愛するヒロインになっており、アンドロイドのリーダーも戦闘で主人公を圧倒し、自分の苦悩を語り死ぬなど、独自の脚色がなります。

物語世界

あらすじ

 リック・デッカードは、サン・フランシスコ警察署に所属していて、逃亡アンドロイドを「処理」するバウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)です。妻と暮らしていますが、仲は良くありません。自室の在るビルの屋上に、ロボット羊を飼っていますが、本物の羊を持つ経済力はありません。

 デッカードは警察署で、8人のアンドロイドが火星脱走して地球に侵入し、2人は処分されたが、残った6人の一人マックス・ポロコフらが逃走していると知ります。ハリイ・ブライアント警視は、部下デッカードに6人の始末を命じます。

 デッカードは、逃走したアンドロイドたちに搭載されていたネクサス6型脳ユニットを開発したシアトルのローゼン協会を訪問し、重役のエルドン・ローゼンの姪、レイチェル・ローゼンに、フォークト=カンプフ感情移入度検査法で試験します。デッカードは、レイチェルがアンドロイドであると見抜きます。

 デッカードは、ポロコフがいたという住居に入り、そこで世界警察機構所属のソ連の刑事サンドール・カダリイを名乗る男と遭遇します。彼は逃走したアンドロイドのマックス・ポロコフで、なんとかデッカードは、レーザー銃でポロコフを射殺します。

 サン・フランシスコ歌劇団に所属し、モーツァルトの歌劇『魔笛』に出演しているソプラノ歌手ルーバ・ラフトを訪問したデッカードは、彼女に検査を行おうとして変質者と思われてクラムズ巡査に連行されます。そこでガーランド警視に引き合わされ、警視は、部下の賞金稼ぎフィル・レッシュを呼ぶものの、彼はガーランド警視がアンドロイドである事を見抜いて、警視を射殺します。デッカードとフィル・レッシュは、ルーバ・ラフトを美術館で発見し、射殺します。

 フィル・レッシュをアンドロイドではないかと疑ったデッカードは、フォークト=カンプフ感情移入度検査法で試験を行うものの、結果は人間でした。

 アンドロイド3体分の賞金により、デッカードは、それを頭金に本物の山羊を購入して帰ります。

 ジョン・イシドアは模造動物修理店の集配用トラックの運転手。知能が弱く、生殖や地球からの渡航を許されない特殊者(スペシャル)として、廃墟のビルに一人きりで住んでいます。同じビルに、プリス・ストラットンと名乗る女性が住み着き、ジョンと親しくなるものの、プリス・ストラットンは逃亡してきた8人仲間でした。

 プリスの住居に、ロイ・ベイティーとアームガード・ベイティーという夫婦のアンドロイドが同居、ベイティー夫妻の夫、ロイ・ベイティーが、脱走した8人のアンドロイドのリーダーでした。ジョン・イジドアは3人がアンドロイドと知るものの、孤独だった彼は彼らを匿います。

 デッカードは、残った3人のアンドロイドの居場所を特定。レイチェル・ローゼンに止められたものの、デッカードは、激しい戦闘の末、階段でプリス・ストラットンを射殺し、部屋の中でロイ・ベイティーとアームガード・ベイティー夫婦を射殺します。

 デッカードが帰宅すると、妻・イーランから、彼の留守中にレイチェルがやって来て、彼の山羊を屋上から転落死させた、と知らされます。

 その後デッカードは荒野でヒキガエルを拾うものの、電気カエルと判明。結局それを飼うことになり、消沈した彼の就寝後妻が手入れをします。

総評

有名な凡作

 作家にとって切実なテーマを孕みつつ、その思弁的問いが少しも面白くありませんので凡作です。

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参考文献

・Divine Invasions

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