始めに
伊藤計劃『メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット』ネタバレ解説を書いていきます。ゲーム版のノベライズです。
語りの構造、背景知識
オタコンの語り
物語はほとんどオタコンの語りで展開されます。オタコンは迷彩ステルスの小型ロボット(メタルギアMk.Ⅱ)の映像を見ていてスネークの活躍を見守っていました。
最後で実は語りはオルガの子であるサニーの外に出て初めての友達に向けたものだと明かされます。MGS4本編でメリル・シルバーバーグの結婚式に出席するため、サニーは初めて外の世界に出て、その時、現地の少年と出会い、サニーにとっての初めての「外」の友達となります。小説版では彼と結ばれたような展開になっていて、彼にオタコンが語りかけていたことが分かります。
伊藤計劃とオタコン
おそらく、このオタコンのスネークに対する眼差しは伊藤計劃がこのシリーズに向ける眼差しと重なっています。
オタコンがモニター越しにスネークの活躍を見守ってきたように、シリーズファンである伊藤計劃も画面の向こうにいるスネークたちに指示を出しつつ、その活躍を見守ってきていました。伊藤計劃はソリッド=スネークという身体的延長を操作して、スネークの夢に飛ぶことができたのでした。
計劃自身と同様、近いうちに死の運命にあるソリッドの背中を見守りながら、計劃の心は救われていたと感じます。
スネークイーター
MGS4や3で用いられている“Snake Eater”は、ザ=ボスからビッグ=ボスに対する思いの丈をぶつける歌詞になっています。厳しい任務のなかで恐怖に呑まれそうになってもビッグ=ボスへの思いが救ってくれたことを歌詞が伝えています。ザ=ボスにとって胸に走る蛇のような古傷を食らい救ってくれる存在が、ビッグ=ボスでした。
4のクライマックスで流れるとき、この曲はオセロットからビッグ=ボスに向けた歌にも響きます。
そしてきっと、スネークイーターとは、伊藤計劃にとってメタルギアソリッドシリーズ(1.2.3.4.5)と小島秀夫さんであったと思います。伊藤計劃は2001年、右足にユーイング肉腫が発見され、2005年には左右の肺へそれが転移していて、最終的にそれが原因で命を落としてしまいます。
伊藤計劃が暗い絶望的な現実のなかにあっても、身体を蝕む蛇のような苦痛に苦しめられても、それを救ってくれたのはメタルギアソリッドシリーズ(1.2.3.4.5)だったと思います。そんなシリーズのミームのアンサーとして『虐殺器官』『ハーモニー』は作られたと言えます。
愛国者たち
メタルギアソリッドシリーズ(1.2.3.4.5)は、愛国者たちという黒幕的存在に対する戦いの歴史として4まで展開されていきます。
愛国者たちはもともとザ=ボスの意志を継ぐためのゼロとビッグ=ボスが作り上げた組織でした。ビッグ・ボスが恐るべき子供たち計画のぜひをめぐり組織を離反した後にゼロ5つの代理AIから構成されるネットワークとしての愛国者たちを作り上げます。ビッグ・ボスの離反で人間不信に陥ったゼロは「愛国者達」という存在を永遠にする為に創り上げました。
代理AIの役割は、ゼロ少佐が目指す思想・意識の統一化により完成する統一世界のために、人間のあらゆる領域における統制を目指すことでした。そのために、代理AIは米国社会のあらゆる領域の支配・管理を行いました。
しかしデジタル社会の加速は、代理AIの目的とする思想・意識の統一化という目的を阻害する要因にもなりました。そこで、代理AIはナノマシンを通じて、個人に与えられる情報を制限し、個人の思想・行動を無意識下で制御し、個人から愛国者達の意に反する情報の発信や行動をさせないようにするプログラムの開発を図ります。それが、S3計画でした。代理AIは、ビッグ・シェル占拠事件におけるS3計画の最終演習を通じて人の無意識を統制することによる人間の精神と行動の制御という手法を確立します。
社会統一のプロセスはゼロが理想とした統一化による争いのない世界ではなく、人間の精神をコントロールすることで戦争のビジネス化を成功させた「戦争経済」を作り出し、世界中に争いの種を拡散していくことになってしまいます。
本作はそんな愛国者たちとスネークたちとの戦いが描かれます。
伊藤計劃作品とメタルギア
こうしたファシズムSF的なデザインは、伊藤計劃作品にも取り入れられていきます。『虐殺器官』では、虐殺文法による虐殺が先進世界で起こり、やがてテロのトラウマと混乱から『ハーモニー』では世界で「watch me」と呼ばれるナノマシンを通じて生府と呼ばれる医療機関が人々の健康を監視、管理しています。
こうした流れは冷戦のトラウマを経て全体主義へと至るメタルギアソリッドシリーズ(1.2.3.4.5)とも重なります。
ミーム
メタルギアソリッドシリーズ(1.2.3.4.5)の中でも重要なテーマになっているのがミームという発想です。
これはリチャード=ドーキンスによる概念で、文化の複製の最小単位です。もともと哲学、社会学や文化人類学などで、個々のエージェントを離れて自律的に社会や文化が時間的に展開されることへの抽象化は伝統的にあって、それに関してドーキンスは、生物の進化と同様のアルゴリズムをもって文化も複製され進化するとの見通しを与えて、そのための概念がミーム、文化的自己複製子でした。
ミームやそれが生む文化というのは、人に自由と不自由をもたらします。文化や慣習として残っている実践には、不合理で不正義をはらむものも多くあります。種々の差別的な文化とか差別的な規範など、枚挙にいとまがありません。
他方でミームは、人間に固有の規模と速度がある故に、人間に固有の自由をもたらします。それは学業やスポーツ、芸術の伝統のなかでの自己実現であったり、それがもたらすもろもろの効用だったりします。人を蝕む病や暴力、不正義も、ミームの進化のなかでやがては克服可能になっていくのかもしれません。
メタルギアソリッドシリーズ(1.2.3.4.5)では黒幕の愛国者たちが理想のためにミームをコントロールして、統一的な社会を築こうとします。それがソリッドらによって破られてミームの独占とミームによる専制が打破されて、ソリッドやオセロットは命を落としたものの、二人の生き様もまた、ミームとして物語世界内や現実世界の私たちに作用します。
ザ=ボスが残したミームは、ゼロ少佐やビッグ=ボスに継承され、ゼロ少佐はそこから不自由なミームによる独裁を生み、ビッグ=ボスは他方でミームをひらいて人間に自由をもたらそうとしました。ビッグ=ボスが受け継いだミームはオセロットへと継承され、ソリッドを助け、人間に真の自由を準備してくれました。
伊藤計劃もまた、メタルギアソリッドシリーズ(1.2.3.4.5)のミームを受けて、『虐殺器官』『ハーモニー』といった作品を、文学史の中にミームとして託してくれたのだと思います。
物語世界
あらすじ
ビッグボス(ネイキッド・スネーク)の遺伝子から生み出された3人のクローン。ソリッド・スネーク、リキッド・スネーク、ソリダス・スネーク。
ソリッド・スネークは、極端に老化していました。原因は、人工操作された遺伝子で、フォックスダイという特定の人間だけを殺すウィルスにも感染していました。
フォックスダイが変異すれば、誰にでも感染するようになり、スネーク本人が生物破壊兵器となるため、数ヶ月後には、自ら命を絶たなければなりません。
戦士が必要とされる楽園を目指したというビッグボスを越える為「全世界的な戦場」を作ろうとするリキッド・スネークを、老いたスネークは止めようと図ります。リキッドは死んだはずでしたが、オセロットの義手となり、オセロット本人の意思を乗っ取ってリキッドは復活したのでした。
しかし実はオセロットは裏ではビッグボスの開放と愛国者達の崩壊のために、敵対者を演じていたEVAやFOXALIVEの作り手であるナオミ達とも協力していました。核弾頭によるジョン=ドゥの破壊からのシステムの乗っ取りやFOXALIVEの侵食など、愛国者たちを束ねるAIジョン=ドゥと「愛国者達」が壊滅するように仕組んでいたのでした。リキッドに乗っ取られていたかのように見えたオセロットでしたが、愛国者たちを欺くべく自己暗示をかけていただけでした。
結果として、システムの崩壊と解放はオールド・スネークとオタコンとサニー達の手により実行され、インフラなどが維持されたまま愛国者達だけを倒しました。
『天国の外側の世界』の完成を見届けたオセロットは、リキッドの分身として、ビッグ・ボスの分身であるスネークと個人的な決着をつけるために勝負を挑みます。スネークと肉弾戦を繰り広げた末に敗北したオセロットは、闘いの中で本来の人格と記憶を取り戻し、スネークを認めて、「いいセンスだ」と伝えます。
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